MIND
長友流「心」との
付き合い方
大きなプレッシャーの中でも自分らしさを見失わず、いつも強烈な輝きを放っている長友選手。そのパフォーマンスを支える「心」は、一体どうやって培われてきたのでしょうか。
長友選手の言葉から、あなた自身の心との付き合い方が見えてくるかもしれません。
長友佑都は“弱い”。だから、逆境をパワーにできる。
長友選手は一般的には「明るく、ポジティブで、タフな心」を持っている印象がありますが、ご自身はどんな人間だと思っていますか?
メンタルは強くはないですね。逆に、弱いと思っています。人の言葉だったり、行動だったり、メディアも含めて気にすることも多いし、ショックを受けてネガティブになることもあるし、不安になったり、腹を立てたりすることもあるし…。一つひとつが、すごく気になってしまうんです。でも、落ち込んでいる時間は短いです。情報がストレートに入ってくると、それによって自分の中からいろいろな感情が湧いて出てきますよね。僕の場合はそれをどう捉えて、どうコントロールするか、その切り替えがとても速い。これは自分の強みかなと思っています。
嫌な情報を跳ね返すのではなく、一度すべてを受け止めて吸収する?
そう、吸収しちゃうんです、スポンジのように。だから人の言葉とかもよく聴くし、参考にもする。とにかく吸収していろいろなものを感じる。それでショックを受けることもあれば、喜ぶこともあったり、泣くこともある。そこはやっぱり僕「長友佑都」という人間の本質かなって思っています。よく「強いメンタル」って言うじゃないですか。僕は強い心って、実は弱いんじゃないかとも思っていて。それ以上のストレスが来た時に折れちゃうと思うんですよ。例えば鉄の棒があるとして、鉄より強い金属で叩かれたら折れてしまいますよね。心もきっと同じで、スポンジのように柔らかく、竹のようにしなる心であれば、ストレスを吸収しながら逃がせるし、そのパワーを自分のために利用することもできる。そういう柔らかくしなやかなメンタルこそが最強だと思っています。そういうメンタルであれば、逆境とか挫折も自分のパワーにできますからね。
大きな挫折が、人としての器を大きくしてくれた。
長友選手にとっての最大の挫折とは、どういうものだったのですか?
プロサッカー人生で言うと、2008年の北京大会と、2014年のブラジル大会が僕の中で大きな挫折を味わった大会でした。特にブラジル大会の後は、夢や目標が見えなくなってしまいどん底の状態になりました。サッカーもやめてやろうかというくらいの絶望でした。これまでにないくらい強い想いで4年という歳月を積み重ねていたので。自分自身インテル・ミラノ(イタリア/セリエA)で活躍して最高のシーズンを過ごした直後で、絶好調の時期でもあったので自信もあったし、強い心も持っていた。でも、グループリーグ敗退という結果に完全に心が折れてしまったんです。この挫折を味わってからですね、柔らかくしなやかな心を意識し始めたのは。強い心はそれ以上強いストレスやショックを受けると折れてしまうということを実際に経験できたことは、とても意味のあることでした。
挫折後にはどんな変化があったのですか?
その時は落ち込んだり、本当にショックを受けました。でも、全てをまっすぐ受け止めてからの自分は今までとは全然違う自分になれたというか。サッカー選手としての結果も出せましたね。2008年の挫折の後は、2010年の南アフリカ大会を経てイタリアへ行き、ACチェゼーナからインテル・ミラノに移籍するというキャリアを歩みました。また2014年ブラジル大会のどん底の後は、自分自身を立て直して2018年ロシア大会に出場し、ベスト16という結果を残すことができました。もちろんその結果には満足していませんが、ロシア大会では成長した自分を感じることができました。パフォーマンスもそうなんですけど、主には心の部分ですね。ブラジル大会の時とは明らかに心のあり方が違っていて、器に例えるなら、その大きさが全然違っていたんです。何が来ても受け止めていられるし、もう批判でもなんでも来ていいよっていう気持ちでしたね。ロシア大会の直前、チームがなかなか勝てずにメディアからも叩かれていた時期に金髪にしたことがありましたけど、他の時ではできなかったと思います。「チームへの批判は全部自分に来い!」って気持ちでした。それも器が大きくなっていたからできたことでしたね。
「感謝」で心の健康を測る。
心の健康を保つために、日常的にしていることはありますか?
体と脳と心を整えることを常に意識していますね。ストレッチなどの適度な運動をすること、バランスの取れた食事をとること、それに最近ではビフィズス菌を摂って腸内環境を整えて、身体の状態をメンテナンスしています。後は勉強でも読書でもいいんですけど、頭を動かして脳を活性化すること。そして、心についてはちょっとした瞬間に「感謝」を思い出すようにしています。日々の暮らしのこと、家族のこと、仲間のこと、サッカーのこと…。いま自分が置かれている環境に意識を向けて、それらに感謝をする。そうすると、心の健康状態が測れるんです。自分の心が健康じゃない時って、感謝しようと思っても心から感謝できないんです。環境のせいにしたり、人のせいにしたりして…。でも、本当の原因は自分の中にあると僕は思っていて。もちろん環境や人もきっかけなのかもしれませんが、それも含めて全て自分の思考が作っていると思っています。もし、心から素直に感謝できない状態になっていたら、それは体で言えば病気になっているとか、ケガをしている状態と同じなので。その原因を突き止めて、改善していくようにしています。
感謝することによって心の健康状態を測定していくんですね。
そうです。心から感謝できると、周りの見え方が全然違ってきます。人に対する優しさも違ってくる、愛情も違ってくる。だから感謝できる状態は大事だなって思います。でもそのためには心だけではダメで、体も脳もやっぱり健康じゃないとダメなんです。バランスの取れた食事や適度な運動をしながら体のコンディションを整える。そして、体をコントロールしている脳もしっかり動かしていくんです。体と心と脳をうまく動かして、常に循環させていく感じですね。
例えば病気していたら心がそっちに引っ張られてしまいますよね。心が前向きでも、体がキツかったら持っていかれるじゃないですか。僕は以前から、疲労が溜まったり長距離移動したりすると結構な頻度でおなかを壊していて。おなかの調子が悪くなると、身体は重くなるし、集中力が続かなくなるし、メンタル的にもすごく落ちてしまっていたんです…。感謝することで心の健康を保つことを基礎としながら、今後はビフィズス菌でおなかの調子を気にすることがなくなって、さらなる心の安定につながっていくといいなと思っています。
失敗は、心を豊かにしてくれる。
他にも日々意識していることはありますか?
祖母が僕に贈ってくれた言葉で「成功は人間の表面を飾ります。失敗は内面を豊かにします」というのがあるんです。これはとても深い言葉だなと思っていて。何か一つのことがうまくいったら、周りの人からも「すごい!」と持てはやされたりしますよね。でも、果たしてそれが心まで豊かにできているのかと考えると、正直それはどうかわかりません。ただ、失敗は確実に心を豊かにしてくれる。失敗を乗り越えようと考えたり行動したり、それが次の成長につながったりもしますからね。つまり心を鍛えるためには、失敗が必要だということ。そして、失敗するにはチャレンジが必要。だから僕は、いつまでもチャレンジしていきたいっていう想いがあります。そうでないと失敗できないですから。そこも日々意識していることですね。
具体的にどんなチャレンジをしているのですか?
日々のトレーニングでも、ちょっとしたチャレンジをしています。自分の感覚や思ったことに従って行動するということを意識していて。もちろん失敗も多いですけど、確実に成長しています。振り返ってみると、全部チャレンジしてみて良かったなということばかりです。サッカー以外にもビジネスも含めて、いろんなチャレンジをしていますけど、とにかく全てサッカーにつながると思っています。「サッカーだけに集中しろ」とか言われることもあるんですけどね。僕にとってこれはサッカーのためになるチャレンジなんだと。そういう強い意志を持って、今の自分に留まらず、失敗を恐れずに動き続けています。
今の自分に留まらないことが大事なのですね?
常にチャレンジして動き続けていないと、滞ってしまいますからね。そうなると感度が下がってしまってチャンスが来た時に感じることができないですから。だから体も脳も心も循環させておくというのは大事だと思います。例えばキレイな川があって、そこに虫を獲って食べる魚がいるとします。そういう魚も川が濁っていたらダメで、ちゃんと川が流れてないと虫を捕まえるチャンスをつかめないですよね。そして、魚自身も動き続けていないと、そのチャンスが来ても目に入らない、獲り逃してしまうと思うんです。そうなってしまったら、もう悔しいじゃないですか。だから僕は、体も脳も心も全てが健康な状態で循環している状態をキープし続けているんです。
弱い自分をちゃんと理解する。そして、一歩踏み出す。
社会の中で生きていると自分でコントロールできない部分もありますよね?
外からのストレスについては、捉え方を変えてかわしたりできるといいんですけど。でも、なかなかそんなにうまくはいかないですよね。落ち込んだり、ネガティブな思考状態になってしまったり。でも、悩むのは仕方ないと思うんです、自分が感じているものなので。大事なのは、そういう自分であることをちゃんと受け入れること。その上でストレスを発散するために、自分の好きなこととかを思い切ってやってみることかなと。もちろん人に迷惑かけることはダメですけどね。今の環境から一旦抜けてみるというのも、僕は逃げではないと思っていて。自分がより明るい未来に進むための方法なんだと思ったら、環境を変えることだって必要だと思っています。「あいつは耐えられなかった」「忍耐がない」とかって言う人もいますけど、そんなのは気にしなくていい。もっと自分が気持ちよく生きられる環境って絶対あると思うから。また新しい環境で見えてくる自分もいるだろうし、やっぱり昔の環境は、文句ばっかり言っていたけど、すごく感謝できる環境だったんだって気づくこともあるかもしれない。そういうことに気づくことも、一つの成長だと思いますしね。だから、時には焦らずにふと力を抜いても良いんじゃないかなと、そう思います。
長友選手自身もサッカー選手として環境を変えていますね。
どんな環境でも自分が合えば良いですけどね、そんなにうまくいきませんよね。世の中にはいろんな人がいるんで。人生もそうだし、チームも同じですよね。どんな環境でもチームでもフィットできる人もいれば、チームやそもそも国になじめなかったり、文化になじめなかったりする人もいる。あとは監督の戦術などいろんなものになじめなかったりも。でも、明らかに自分に合ってないのに、そこに固執して頑張るというのはもがいてるだけというか。だったら思い切ってチームを変えて、もっと自分に合う環境を見つけるということも大事だと思うんです。企業で働いていてもそうだと思うんです。そこでもがき続ける必要はないというか。もったいないですよね、人生の貴重な時間が。だったら自分を求めてくれるところに行く方がいいと思います。自分が輝くためにね。それはまったく逃げではないと思いますよ。
最後にメンタルに自信がない、自信をつけたいと思っている方にメッセージをお願いします。
メンタルに自信がない人は、自信がないままでもいいと思うんです。「自信をつけろ」と言われてもできるものでもないし。ただ、弱い自分をちゃんと理解して受け入れることが大事。それが何よりも大きな一歩だと思います。その上で、弱いのであれば、自分の物事の捉え方やコントロールの技術を上げていくことですね。そのためには、とにかく行動することです。人と出会ってその人の言葉で変わるかもしれないし、本屋さんに行って本を買うことで学びがあるかもしれない。ちょっとしたことでいいから、まずは一歩踏み出してみる。それができるといろいろなものが、きっともっと見えてくると思いますよ。